ごきげんのツボ

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義母の元気な遺言 No.369

あれだけ電話好きだった義母も昨年施設に入ってから電話の回数がとたんに減った。98歳、要介護2、歩行器を使って歩いている。この1年でコロナ2回、大腿骨骨折、進行は緩やかとはいえ子宮がんの症状が出て、元気いっぱいというわけにはいかなくなってきた。

 

昨年施設に入るとそれまでの生活が一変した。

大好きな自宅で過ごしていた時はそれなりに小さな家事や用事があったが、施設では用意されたご飯を食べ、高齢者向けの体操やドリルや習字、調理実習などに参加するしかない。人から指図されるのが何よりも嫌いな義母はほとんど参加していないようだった。バスでのお出かけも仕方ないから行くといった感じだ。「どうせなら100均やスーパーに行きたい。社会がどう動いているかを見たいのよ。花は見なくてもいいの。」と言っていた。それでも自分の最期はここと覚悟していて、それなりに一緒に暮らす利用者やスタッフにも嫌われないように気を使っている様子だった。98歳にもなってわがままに生きられない。施設に入るということはそういうことなのだろう。

 

義母は自分発信じゃない楽しめない人だ。といっても何かやるには年を取りすぎているし、相手も十分高齢者なので、話も噛み合わないのだろう。

 

最近の電話では声に張りがないことを心配していたけど、もうどうしようもない。施設も精一杯のことはしてくれているだろうし、こんなものなんだろうと、気づかないふりをして目をつぶるしかなかった。そんなある日、仕事中に義母から電話があった。あれ?声に張りがある。「〇〇さん、あなた、わたしの洋服で気に入ったものがあったら、遠慮せずに着なさいよ。」、「お隣の〇〇さんが亡くなった時は香典は一万円包みなさい。」、「家の修理は〇〇さんに頼みなさい。」、「おとうちゃまの着物は〇〇(夫)が着れるから虫干ししなさい。」「座敷の棚の食器だけはいいものだから手放したらダメよ。」など、今のわたし達夫婦にとっては化石としか思えないような、聞いても仕方ない話が続いた。

 

施設のスタッフさんが「突然、遺産整理のスイッチがは入ったようですよ。」と言われた。施設へ持ってきた荷物を猛烈な勢いで片づけているらしい。98歳にして遅すぎる感は否めない、もっと早くから取り組んで欲しかった。

実際、わたし達は義実家へ帰るたびに莫大な荷物と格闘しなかればならず、正直、クタクタだ。恨めしいとさえ思ってしまう。ドラマのようにお義母さんやお義父さんの想い出に浸る暇はなく埃まみれになっている。わたしの残りの人生はこの家の片付けだけで終わるのではないかと思ってしまうほどだ。知り合いが明治時代からの家の断捨離は3年はかかると言っていたのが嘘ではないと思った。

 

それにしても義母が元気になったのはいいことだし、うれしい。少しだけ認知が進み、言うことは若干チグハグになってきたが、目標があるとこんなに元気になるのかと改めて驚いた。遺言を思いつくたびに電話があるので3日ほどスマホの呼び出し音が止まらなかった。役に立つ情報はなかったが「わかりました、お義母さん。」をオウムのようにやさしく繰り返すしかなかった。

 

親戚のあれこれ、義父が大家族の長男としてどれだけがんばったか、義父の仕事が忙しくてとても寂しかったことなど、嫁のわたしに伝えることは語りつくせぬほどあるらしい。口頭で自分史を細切れに語ってくれた。

 

そして最後にこれだけは言っておかないとと言わんばかりに「〇〇(夫)よりは先に死んだらだめよ。絶対。」と言った。その時は『そうですね、わかりました。』と適当に返事しておいたがあれはどういう意味だったんだろう。

 

親子の仲はあまり良くないはずだけど、多分、息子を置いて死んでくれるなという親心なのだろうか。ひとりで苦労する姿を想像したくないのかも知れない。

が一方、別のことがよぎった。

 

義父が66歳で亡くなって31年間、義母はひとりで生きてきた。大所帯の長男の嫁として色々苦労は絶えなかったと思うが、家で出来る仕事を持ち、あの家で過ごすことが大好きで自由な暮らしを楽しんでいるように見えた。決して寂しい人生ではなかったはずだ。もしかしたら、「年取ってもひとりになったら自由で楽しいわよ。」と女のわたしだけにあてた遺言のような気がした。

 

わたしは十分自由に過ごしているが、義母の時代はそんな時間も常識もなかったはずだ。不謹慎ながらそのご褒美のような時間が義母にとっては宝物だったのかもしれない。ゆるやかな施設暮らしの中でそんなことを思い起こしているのかな。

 

義母の元気な遺言はまだまだ続きそうだ。

 

 

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