ごきげんのツボ

ほぼごきげん、時にはふきげんな日もあるブログ

唐津の人 No.163

 

福岡には「博多の人」という銘菓があるが、わたしは唐津出身の「唐津の人」である。

出身はどこですか?と聞かれると迷いなく「唐津です」と答える。

唐津ですか~ いいとこですね」と言われるのをかなり期待している。

たぶん多くの唐津出身の人はそう答えると思う。横浜の人が神奈川出身ですとか、神戸の人が兵庫県出身ですとかあまり言わないのと少し似てるかもしれない。わたしたち世代、特に県外に出ていく人たちは佐賀県出身と言う時は心をいったん落ち着かせて、若干トーンを落とし目に「佐賀県です」と言っていたと思う。確かな記憶ではないが、昭和の年号の間は車のナンバーの表記は佐賀ナンバーではなく、「佐5678」みたいに「佐」だけがナンバープレートに刻まれていた。関東へ出た高校時代の同級生の男子が「佐」ナンバーの車に乗っていたら「佐渡ヶ島からですか?」と聞かれた嘘かホントかわからないという、爆笑ネタがある。佐賀が47都道府県の一つを陣取っていることを知らない人も多かったのかもしれない。

 

唐津は地理上でも佐賀市内より福岡市内に近かった。そのことを理由に学生時代の年に数回の買い物は心躍らせながら福岡へ行っていた。福岡市からの地下鉄とJR在来線が姪浜で一本化した時は福岡県民になったかのような喜びようだった。「やったー!リアルにつながった~」わたしたちは魂を完全に福岡に売ってしまい、それに満足していた。元々まぶしい都会に住んでいる人には理解できない感情だと思う。

 

現職場にわたしを含め、4名の佐賀県人がいる。出身地は佐賀市伊万里市など色々だが、ある日、わたし以外の3人が「佐賀県人会作ろう」と盛り上がっていた。その横を素知らぬふりをして通り過ぎると「唐津の人は唐津ブランドがあるから入ってくれんよ~」という声が聞こえた。「ハッハッハ~はい、その通りです。」

 

そう言いながらも50代半ばを過ぎ、段々とそういう気持ちが薄れていっている自分に気づき始めた。長い年月を経て、佐賀県のイメージも上がって、もう長崎と福岡の渡り廊下とは言えなくなってきた。(ほんとにあの頃そう言われていた!)あこがれの福岡県民になったのに今は佐賀県民と名乗っても別に嫌ではない心境だ。どこに住んでもさほど自分の人生に変わりはないというのがわかってきたからだ。自分の住むまちに興味さえ持って暮らしていけば、楽しくやっていける図太さが養われのかもしれない。多少の景色や歴史文化の違いこそあれど、横浜の人も神戸の人も唐津の人も佐賀の人も心の底はそう変わらないのではないか?人や土地の面白みを味わってみる余裕が出てきたのかもしれない。ブランドとは自分で作るもの、作り上げられたイメージにこだわっていることこそダサい気がしてきた。そろそろ佐賀出身をアピールしてみようか!

と、食後ブツブツいいながらこの作文を書いていると、横でやはり佐賀県民のオットがつぶやいた。「日本で旅行したことのない県は佐賀がワースト1位って知っとった?」

「ふ~ん・・・・そうなんだ・・」

佐賀出身を公表してねぇと歌にまでなったデビュー当時の松雪泰子。芸人のはなわは佐賀を自虐的に歌ってヒットを飛ばし、静かに暮らしていた佐賀県民がクローズアップされ、笑われていた時代を思い出した。

 

やっぱりわたし、唐津出身って言う!

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