ごきげんのツボ

ほぼごきげん、時にはふきげんな日もあるブログ

仕事と信頼 No.179

先日の続き。

mays.hatenablog.jp

 

まさかの返事でうれしかった! ちゃんと私たちの話を聞いてくれた課長が、即動いてくれていたのだ。

持っていた案件は2つ。それもかなりの望み薄の内容だったが、まずそのひとつがすんなりと叶うことになってびっくりした。 ある人の話によると関係者にすごく低姿勢で頭を下げてくれたそうだ。話を聞いてくれただけでも感激だったけど、ちゃんと内容を見てくれ、本気で動いてくれて、色々考えていてくれていた。

以前、同じ部署にいことがあって、その頃からスマートに仕事ができる人だなと思っていたけど、やはり間違っていなかったのだ。

 

仕事をヤル気にさせる人として、同僚の中での人気がさらに爆上がり。結局、仕事は相手あってのこと。仕事をスムーズに進めるためには普段からの信用をためることにつきるんだな。『この人にたのまれたらがんばろう!』と思わせる人なんだろう。

 

わが身をふりかえり誠実に生きようと思った・・・

 

 

 

 

『こういう時期ですから』No.178

職場のある企画をある学校に持っていった。内容には絶対の自信があったし、料金もかからないし、これまでも色々な企画を持ち込んだり、お願いされたりと、いい関係を築いてきたつもりだった。

回数は少ないがそれなりに学校の授業のひと役を担っていた。

 

それが今回はわたしたちの勇み足だったのか、内容を伝える前から『こんな時期ですから』とあっさり断られた。

こんな時期…もうこの言葉を何回聞いただろう。ほかの先生に聞いてくれたら賛成派も居たと思うし、「じゃー、こういうやり方はどうでしょう?」とか代替案を出してくれたり、一緒に考えたりしてくれてもよかったのでは?と思ってしまう。ここでの決定がほかの学校にも影響を及ぼす可能性もあり、わたしたちの説明が足りなかったのかと再度、日を変えて伝えてもらったが同じ返答だった。

 

子どもの学びの機会を奪わないで。

 

やり方は色々あるはずだし、しかも時期はずっと先。

多分、リスクが1%でもあることや面倒な新規事業はやりたくないんだろーなという印象を受けた。前任者や前前任者とはえらく対応が違ってたので落ち込んでしまった。

試行錯誤してボランティアさんと作った企画が話も聞いてもらえずパーになるのは悲しすぎる。

なぜこんなに気持ちがモヤモヤするのか…それはただ、ただ、先方に話を聞く姿勢がなかったからだ。それなりの理由を示されたのではなく『こういう時期ですから』…の一言で片付けられた。なんと便利な言葉なんだろう。

 

こういう時期なりの内容だったのに…(泣)せめて中身を見てね。

子どもの話はちゃんと聞いてるのかな。

 

色んな考え方がある、色んな人がいる、と自分に言い聞かせるしかない。

 

 

 

そのダイエット10年後も続けられますか? No.177

 

そのダイエット10年後も続けられますか?→あれこれダイエット系の人の話を聞いてて、富永康太さんのこの言葉で目覚める!

ダイエットと言えば短期で結果を出したいのは女心で、一瞬結果は出てもリバウンドするというのが当たり前になっていた。

 

色んなダイエットが流行ってるけど年齢も年齢だし、過激な運動や食べ物も制限することは無理だと気づいた今日この頃。

 

それでも小さな積み重ねで結果は出てきてるから自由に食べてもリバウンドはしない気がしてきた。1ヶ月に0.6〜0.8kgぐらしいか変化ないけど計算すると半年で4kg減ぐらいで、サイズは先月からかなりダウンしてたぞ〜

 

ただ淡々と習慣にしていること。

◎ゆるい筋トレ15分

◎20時以降はなるべく食べない(これが難しい)

◎タンパク質を少しだけ意識する(ひたすらオットが製造するサラダチキンをつまみます…飽き気味)

◎炭水化物を悪者にしない 夜もしっかり

(食べないと満足感も得にくく、夜間低血糖症になりやすくなり、睡眠の質が下がる。朝、起きたらお目覚めが欲しいのはこのせいかな)

 

◎とにかく睡眠。7時間以上堂々と寝る。

(自律神経が安定して食欲コントロールが上手くいく)

◎食べ過ぎてしまっても決して後悔しない→今までここで投げやりになってしまうパターン多し。

 

たかがダイエットだけどバランスって何に対しても大事なこと。そんなにきっちりやらなくてもいい。

悟り!

 

最近はうどんまつりだった。暑くて料理もあまり真面目にやっていない…記録もテキトーになったきた。

 

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シニアZOOM奮闘記 No.176

職場の企画していた語学講座10コースを9月まで延期することにして、その間を無料オンライン講座でモチベーションを繋ぐ作戦に出ることにした。うちの良い癖は中止の選択がないこと…

 

いつまでも「コロナのバカやろー」とは言ってられない。

 

先生も生徒も任意の参加。ZOOM 授業の準備が出来ていない先生は無理にお願いせず、受講生も若い出来る人だけでいいよね…と思っていたら申し込んでくるのが60代後半から70代後半が80代もいた、まさかの結果。若い人の反応は逆に薄かった。ほかに勉強の方法を探せるってことなのかな。

シニアの好奇心ハンパない。延べ100名近くの応募があった。

 

しかも「ズームはじめてです」「ダウンロードはしましたがさっぱりわかりません」

の人ばかり。

昨年特訓したシニア会員までも「忘れたー、もう一回教えて!」

 

講座前までになんとかせねばならず、マンツーマンのオンライン特訓が始まった。同僚が相手をしたおじいさまがZOOM のOを打てずずっとゼロを打ってたらしい。そりゃ入れんはずだわ。

『チョーウケる、しかも本人認証の横断歩道を押し間違ってロボット認定されてしまいました』とか。毎日エピソードが絶えない。

 

日々の奮闘記が心から微笑ましかった。

 

本番グダグダを予想してたけど、5分遅れて入った時には練習の時にはアタフタしてシニアの皆様の笑顔がちゃんと揃っていた時は、ま、まさか!と仰天したし、みんなもほんとに嬉しそうだった。

先生も感激していた。

語学そっちのけで、その画面にわたしも感激した。

 

明日もまたシニア参加が多い講座がある…ドキドキ。

 

あと10年後、20年後、どんなに世の中が変わっているだろう。きっと逆にこっちがアタフタしてることだろう。笑われてもいい!

その時まで好奇心旺盛のおばあちゃんでいよう。

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猫に変装して見守る事務局

 

 

 

 

猫の引き際 No.175

どれくらい猫が好きかというと、あきらかに路頭に迷っている子猫を見かけたらといったん通りすぎても、また戻って連れてきてしまう、そこそこ重症な部類だと思う。

保護した猫は数知れず、実家や友人をつてに猫のいる幸せをもはや強引に配達してきた。猫社界ではそこそこ噂になるレベルに達していると思うが「恩返し」的なものはまだもらった記憶がない。

 

今日書くのは今は亡き三毛女のメイのことだ。彼女はうちの前の山に姉妹で捨てられていた。推定3ヶ月弱ぐらいの大きさで、ふたりで住宅地をチョロチョロしていた。どんな町にも猫派は一定数いるもので、その猫たちもすぐに隣のおばさんのごはんにありついた。だがそのおばさんはこの猫たちを家の中に入れる気はないらしく、外でごはんを与えていた。

姉妹猫を夏頃から見かけるようになって、いつのまにか木枯らしが吹く季節になった。ある日、洗濯ものを干していたら、アッという間にとリビングに滑り込み、絨毯の上で毛づくろい始めた。この瞬間「あ~、まんまとやられてしまった。」と思ったが、たぶんわたしはそうなるのを望んでいたのだ。今、思えば、「コイツは落とせる!」と言わんばかりの滑り込み具合いだった。メイだけがごはんもあげたことがなかったのにせっせとうちに通ってきていたのだ。

夫に「ね・こ・か・い・ま・す」と短文メールで報告し、晴れて彼女はわが家の一員となった。隣の妹猫の八ちゃんは相変わらず仲良しで、冬はうちの猫と一緒にストーブの前で過ごすのが日課になっていた。彼女はお隣の猫となり、外と中を行き来しながら悠々自適に過ごしていた。

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メイは犬のように全身で愛情を表すことはなかったけれど、淡々とわたしにつかず離れず寄り添ってくれた。猫の世界でも女子はツンと小賢しく、誰にも媚びたりしませんよと言わんばかりで、無邪気で素直な男子とは性格が異なる。家族のようにうるさくもなく、邪魔はしないが、「ちゃんと見守ってるから大丈夫よ」と言っているかのような佇まいがとても好きだった。

 

そんな彼女は21年間も生きた。

 

死ぬ間際まで元気で、庭に出たがったりしたが、最後の二日間はさすがに大好きなチュールさえも欲しがらなくなった。夜も二階で毎日一緒に寝ていたが、その二日間は階段を登れなくなり、わたしもリビングで添い寝した。その時間はわたしにとっても一番重苦しい、つらい時間だった。もういよいよ最期の時だと思いながら、スポイドで少しずつポカリを薄めて飲ませた。

 

7月29日の朝、蝉のうるさい声で目覚めた時は、すでに息を引き取った後だった。まだあたたかかったので亡くなったばかりだったのだろう。

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 ↑これは寝ている写真 

 

夫や当時、同居していた姪っ子は泣きじゃくっていたが、不思議なことにわたしは涙の一滴も出なかった。自分の感情が失くなってしまったのではないかと思うほど、次の日もその次の日も悲しいとか寂しいとかいう気持ちにまったくならなかった。

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涙もろいわたしがペットロスどころかあまりに元気なので周りが心配したほどだ。人間で言えば100歳近く、抗わずスーッと死に向かった姿にほれぼれとしていたのかもしれない。達成感のようなものも感じていた。

 

 

驚くことに今まで彼女がここにいた気配さえ、すっかりなくなってしまっていた。白い袋をメイに見間違うとか、使っていた食器を見ると食べに来ている気がするとか、そういう気配がない・・・思いもよらない現象だった。仏教の言葉で言えば成仏したということなのかもしれない。未練を残さないように思い出を全部、天国に持って行ってくれたんだ。

世間でいうペットロスを覚悟していただけに、「えっ?わたし大丈夫?」と肩透かしにあった感じだった。

友人は悲しさに蓋をしているんじゃないかと心配したが、そんな感じではなかった。次の日から普通に生活出来たことがありがたくもあった。悲しんでばかりでは空から見ていても心配だろう。

 

人生(猫生)を100歳まで全うしたら、飼い主もこんな感じになるんだな。

 

21年というと人間でも結構な年月だ。人間と一緒にするなと言われそうだけど、自分が老いた時はこの猫のように抵抗せず、自然に未練なく死んでいきたいと思うほど理想の引き際だった。よろよろしたのは最期の2日間のみ。ほんとに手の入らないいい猫だった。

 

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↑亡くなる月の後ろ姿 お尻もまだふっくら。

 

「こうやって生きなさいよ」、と教えてくれたことが猫の恩返しなのかもしれない。メイちゃんありがと。また会おうね。

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「書く」習慣で脳は本気になる~を読んで  No.174 

 先月の文章講座の課題 まだ添削は受ける前の文章でグダグダだけど記録として載せます。そして明日の課題もまだ何を書くかも決まってない。 このギリギリの性格はなぜ治らないか??   だれか教えて!

 

まず冒頭にあった茂木さんが作家の椎名誠さんに似ていると言われて大喜びしているくだり・・・「似ていない!」

ワイルドで男~って感じの椎名さんを追っかけていたわたしは全力で否定した。似ているのはたれ目なとこと髪の毛がクルクルしているところぐらいではないか。ぷよぷよ茂木さん自身も椎名さんとは筋肉が違うという自覚があって安心した。

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 茂木さんはテレビの司会やコメンテーターでお見かけするが本を読んだのは、たぶん初めてだった。タイトルは完璧で、本気になりたい人は思わず手に取ってしまいそうだ。よくいろんな講義やセミナーで視覚化することは大事だと言われてきた。たしかにここ数年、それは偶然なのか、わたしもついに引き寄せの法則を身につけたのか、叶うことが多くなった気がしている。

 

 年のはじめに一年の願いごとリストのようなものを作るのだが、それは年末にはまぁまぁの確率で達成出来たり、情報が入ってきたりして、少なからずも前へ進んでいる気がする。

 神さまのおかげではなく脳が関係していていることは薄々感づいていたが、やはり言葉が脳に(前頭葉への司令)もたらす効果は絶大のようだ。

 この本に脳は遊びが大好きだとも書いてある。逆に脳が本気になれない要素として強制・命令といったことがあり、脳は好きなことに集中してフロー状態になった時にこそベストパフォーマンスが生まれるということだ。

 だが「茂木さん、そんな簡単にはいかないです」と言いたくなる。フロー状態を作るにはもともと好きなことだったら集中できると思うが、これがお給料をもらったりする仕事ややりたくない介護などに置き換えると色々と、やらなければならない単調なことが山ほど押し寄せてくるのだ。 それは我慢しかないのだろうか?

 

 茂木さんは勉強した時間を好きだった山登りのルートに置き換えてやっていたので苦ではなかったそうだ。頭のよい人は勉強の仕方も知的だ。脳が楽しむように工夫をすればいいのだ。

                                                               

 効果的だと思ったのは一人ブレストのくだりだ。ブレストとは思ったことを否定することなく全部吐き出してみるということ。質より量でアイデアの数を重視するのだ。その際、悪口や心配ごとを書くことは生産的でないのでやめた方がいいようだ。書くことで頭が整理され、実現に向かうらしい。

 ブレストが脳にあることを書いて出力することに対し、見る、聞く、感じるなど五感を使うことは感覚的に情報を入力するという作業だ。入力と出力は脳内では繋がっていないらしく、手を使ってブレストすることで、そのバランスが取れて、自分の進みたい方向や解決策が見つかったりするらしい。面倒で避けたいことも書くことで、この方法で前向きに取り組む力がでてくるかもしれない。

 

 悩みのひとつに講義やセミナーで必死にメモを取るがそれが後々、活用されることが少ない。これは入力しかやっていないせいだろう。「その時はやるぞー」と思っても出力が出来ていないので、ただ勉強しただけで満足してしまって、一年も経てばただの紙切れになってしまう。映画を見ても本を読んでもよっぽど印象的なものでないかぎり片っ端から忘れてしまう。記憶喪失かと思ってしまうが、これも出力部門が欠落していたため、脳に書き込まれていないと思われる。そのためどのように行動すればいいのかわからないのだ。

 

 そんな意識が低いわたしでもちょっと自慢したいことがある。茂木さんもレコーデイングダイエットは効果的だと書いていたが、まさしく現在、それに取り組み中でアプリを使って自由に書いている。名前も知らないダイエットが目的の人ばかりなので恥ずかしくもない。体重もバーンと公開している。その結果、ストレスなく3ヶ月で4㎏ぐらい痩せた。脳が楽しいと感じているのだ。メタ認知といって自分を外から冷静に観察することの効果らしい。ブログは字数が多くて大変だが、ここのメモ程度の一言だったら毎日でも苦ではないし、一言なので逆に言葉は選んで書いている。

 

 もうひとつ心にとどまったことは「本物の言葉は人の心をとらえる」という一節だ。とは言え、ことば巧みに書かれたものは本物かどうかを見分けるのは至難の業で、また人によってもその言葉が本物かどうかは違ってくるだろう。ひとつたしかだということは自分が本気で生きているかどうか?だと言われている。この本にも書かれていたがSNSやブログには本当の言葉かどうかが如実に出ると思う。人となりが言葉の端々に出てしまうし、その人の裏にある目的が見え隠れするものも多い。もちろん仕事に使っている人もいるし、自分の考えを多くの人に知ってもらったりするのには有効なツールだ。結局書かれている言葉が本物かどうか見分けがつくくらい、自分自身が本気で生きていたら本物のメッセージはキャッチできるという脳の仕組みなのだろう。ブログなどの基準として自分が好むもには内容がぶれずに急がず継続的に発信して、積み上げている人の言葉は信用してもいいかな、と思っている。自分の発信はどうなのかと言えば、穴があったら入りたいレベルだけど、自身の思考や活動の足跡になるし、何より出力の場所となるなら発信する意味はあるのかな、と思う。

 

 一冊を読み終え、椎名誠さんに似てるだろう!と言われても笑って「そうですね。」、と言えるくらい脳の仕組みを教えてくれた茂木さんに感謝したくなった一冊だった。論理的思考が皆無のわたしにとって、文字にした願いが叶うのは神様のお引き寄せではなく、脳の働きのおかげだったとは、またひとつ賢くなった。

 

泣いてくれる人はいるのか No.173

「今日は母の葬儀でした」そう息子さんがホッとしたような顔でつぶやかれたそうだ。たまたま母が庭に咲いた花を先生のお宅に持って行ったらしい。自分が花を持って行った偶然を「虫が知らせた」と言って少し自慢気に話していた。

 

先生は同級生のお母さんだったので母とほぼ同じ80代半ばのはずだ。近所なので時々立ち話をする仲だ。わたしの中では先生とわたしの母の会話が成りたっているとは到底思えない。先生は近所でも垢抜け具合いがズバ抜けていた華やかな人だった。

 

何十年も会っていなかったけど、昨年急に会いたくなって、挨拶に行こうと思い立ったがコロナのこともあり思いとどまっていた。今更ながら悔やまれる。母が言うには先生もわたしのことを話されていたらしい。同じ頃なぜかわたしも急に会いたくなっていたのだ。

 

先生は同じ町内で英語塾の経営されていた。小学校から高校の途中まで通ったから結構長い時間を先生と過ごしたことになる。あの頃からチャーミングという言葉がぴったりの細くて美しい女性だった。学校の教科書とは違う英語多めのテキストを使って非日常の時間を過ごしていた。その頃から英語を日本語に訳す授業はやっていなかったので、学校のテストにはたいして反映されなかったが外国語の自由な学び方を教えてくれた当時では斬新な先生だったように思う。

英語を軽やかに話す澄んだ声は今でも胸に残っている。先生のようにやさしくて自由な人になりたいと憧れたものだ。授業そっちのけで先生の仕草にウットリしていた。そう、憧れる…という言葉がピッタリだ。先生の息子さんも一緒に授業を受けていたが背が高く、ガッチリした風貌は小柄で華奢な先生とは似ても似つかなかった。子どもながらにまったく似ていないな〜と思っていた記憶がある。健康優良児(今はそんなのないよね?)だった彼は頭も良く地元で医者をしている。まったくガリ勉ではなかったし、お母さんも教育ママゴンではなかったはずだ。他人にはわからないことは多少あるにしろ、あの人がお母さんだったら、子どもは健やかに育つだろう。実際息子のI君は屈託がなく、誰からも好かれる優しい人だ。

同居もしていたのでお母さん亡くなって余計に寂しいだろうな。

 

当時、小学生目線でも素朴な母や近所のおばちゃんたちとは違って英語を話せる美しい先生は完璧に外国人枠だった。あの頃は海外へも簡単に行くことは出来ず、海外旅行や留学は特別なことだった。海外へのあこがれはとても強かったように思う。先生自身がわたしにとっての外国でかつ自立した女性という感じだった。よっぽどの用事がない限りは休んだ記憶がない。1時間の授業の後はなぜかとても元気になれた。今、思えば知らず知らずのうちに背中を押してくれた人生の恩人のひとりなのかもしれない。欲を言うならもっと押してくれてもよかったかな(笑)

 

亡くなったと聞いた時は急にほろほろと涙があふれてきて、先生の授業の声を昨日のことのように思い出していた。何十年もご無沙汰していたのに急にこんなに悲しみがこみ上げるなんで、いったい人間の脳の構造はどうなっているのか。

 

ダンスが好きと言っていた先生。近年は足が悪いと聞いていたけど空の上で思う存分踊ってほしい。

 

勉強のことはさておき、学校の先生でも親でもない人と付き合うあの時間は思えば貴重だった。英語の実力は伴わなかったが、わたしの人生を語るなら、少なからず影響を受けていると思う。

 

ご近所の井戸端会議の話題に先生はついていけてたのだろうか? あんな片田舎で一生を過ごし、先生の夢は叶わなかった方しれないな…もしかしたら英語塾をすることで海の向こうの異国への夢を埋めていたのかもしれない。

やばい、、また妄想が止まらなくなってきた。久しぶりに夢がいっぱいでワクワクしていたあの頃を思いださせてくれた気がする。

 

自分が死ぬ時、果たしてこんな風に泣いてくれる人がいるのか…とふと考えこんでしまった母からの一報だった。